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全国17532位約295人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
納屋(なや)は泉州(大阪府)堺の名族で、戦国の呂宋明、納屋助左衛門がいる。また魚屋とも、助左衛門とも称した。天性豪宕勇敢で、常に海外貿易に従事して万金の富をなした。天正年中に呂宋国に渡り、文禄三年七月に帰朝した。傘蝋燭千挺、麝香二疋を秀吉に献じ、また真壹五十を交易の為に一覧に備えた。不日尽く富家に売却して、急ち万金を得た。後に豊臣氏に滅ぼされた。大安寺方丈はその故宅を移したもので、以て全盛当時の俤を残している。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
納屋ナヤ泉州堺の名族にして、戰國の呂宋明、納屋助左衞門あり、又魚屋とも、助左衞門とも稱す。天性豪宕勇敢にして、常に海外貿易に從事し、萬金の富をなす。天正年中、呂宋國に渡り、文祿三年七月歸朝す。傘蠟燭千挺、麝香二疋を秀吉に獻じ、又眞壹五十交易の爲に一覽に備ふ。不日盡く富家に賣奥して、急ち萬金を得たり。後豐臣氏の亡ぼす所となる。大安寺方丈は其の故宅を移せる也。以つて全盛當時の俤を殘せり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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