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全国10980位約638人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
筑後(ちくご)は筑後国の国名に由来して成立し、多くは祖先の受領の称号に始まる。『和名抄』には「筑紫乃三知乃之里」と訓じられている。桓武平氏、伊勢平氏の一派であり、『尊卑分脈』に記載が見える。『保元物語』の官軍勢汰の条に「○盛に従う人々には」(テキストが途中で切れている)
筑後チクゴ筑後の國名を負ひしにて、多くは父祖の受領を稱號とせしに始まる。和名抄には「筑紫乃三知乃之里」と訓ず。1桓武平氏伊勢平氏の一派にして、尊卑分脈に「正度-貞季(電話範家-家貞-貞能入風)云棲守正手-範季-季房-季宗-宗清造平大お買い大夫实惠直-家次:平田-貞能-通貞電右衛門尉-家實貞賴平二郎左右とあるもめ、これにて、保元物語、官軍勢汰の條に「〓盛に相從ふ人々には、云*。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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