この名字はまだ図鑑に載っていません
全国12918位約494人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「竹友」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
丸に九枚笹
細長い笹の葉を三枚、扇に開いた図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 25コマに「家紋丸に九枚笹、黑餅」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
竹友・武名・竹中(たけとも・たけな・たけなか)は、【1】清和源氏 ― 美濃国(岐阜県)の豪族であり、六郎左衛門重氏から系がある。その子は重元であり、その子は有名な半兵衛重治である。『新撰美濃志』の大野郡公○村の条に「竹中半兵衛重治の父・竹中遠江守重元は池田郡大御堂に居り、永禄年中、岩手弾正が善提山の城を攻め取り、移ったという旨○」と見える。また不破郡の条に「岩手村善提山古城は岩手山にある。……(引用はここで途切れている)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
竹友タケトモ武名タケナ竹中タケナカ1清和源氏美濃國の豪族にして、六郞左衞門重氏より系あり。其の子重元、其の子は有名なる半兵衞重治也。新撰美濃志、大野郡公〓村條に「竹中半兵衞重治の父·竹中遠江守重元は池田郡大御堂に居り、永祿年中、岩手彈正が善提山の城を攻取り、移りしよし竹中にと。又不破郡條に「岩手村善提山古城は岩手山にあり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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