この名字はまだ図鑑に載っていません
全国12401位約526人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
稲員(いなかず)は筑後国高良山の旧社家で、伝説によれば大祝保続(玉垂命三十三世孫)の第五男良摩○呂連成(一本保成)の後、神管領となって当山に居た。嫡子賀麻呂連線が家を続ぎ、次子光麻呂は本司氏稲垣氏に等しかるべきである。○河庄はおそらくこの人の所領で、かく唱えられたのか、康安二年の文書に蜷河庄の名が見える。三浦系図にも父を姪河とし、子を稲河とするから、この説は穏当だと考えられる。
稻員イナカズ筑後國高良山の舊社家にそ、傳說に據れば大祝保續(玉垂命三十三世孫)の第五男良摩朧呂連成(一本保成)の後、神管領となりて當山に居る。嫡子賀麻呂連線·家を續ぐ、次子光麻呂·本司氏稻垣氏に等しかるべし。巉河庄は蓋し此の人の所領にて、かく唱へられしにや、康安二年の文書に蜷河庄の名見ゆ」と。三浦系圖にも父を姪河とし、子を稻河とすれば、此の說穩かなりと考へらる。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
「稲員」の家系図は、まだ1つも公開されていません。あなたが最初のひとりになれます。ログインなしで、そのまま作り始められます。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →