この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11345位約606人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
神浦(かみうら)。肥前国彼杵郡神浦から起こった○。丹治姓であり、戸町氏と同族である。鎌倉以来の名族であり、博多日記裏書に「神浦源藤次(元享3年6月6日、正中2年4月22日)、神浦戸町又三郎入道跡(正中2年8月7日など)」を載せた。下って天文の頃、神浦兵庫介丹治純俊がいた。その娘は北村対馬守の妻になり、その産んだ弥平兵衛は兵庫介の家を継いだ(○村記)という。
神浦カミウラ麗前國彼杵郡神浦より起30丹治姓にして、戶町氏と同族なり。鎌倉以來の名族にして、博多日記裏書に神浦源藤次(元享三六月六日、正中貳四月廿二日)、神浦戶町又三郞入道跡(正中二八十七日云々)」を載せたり。下りて天文の頃、神浦兵庫介丹治純俊あり、その女北村對馬守の妻となり、その生める彌平兵衞は兵庫介の家を嗣ぐ(〓村記)とぞ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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