この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11443位約598人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「石蔵」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
蛇の目
太い輪を一つ描いた図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 172コマに「家紋七星、蛇目」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
石蔵(いしくら)は、石代は又次郎光直・大炊助光○・大炊左衛門成親・左近蔵人成編(信長に誅されて)・左近であると言う。また成綱の弟に湯原八丞国信がいる(『三州志』)。詳細は井口の項を見てほしい。【2】濃尾の石黒氏 ― 前の項の石黒の後である。『新撰美濃志』池田郡山洞村の項に、石黒氏の領主で、もとは加賀国の武士であったが後代尾張の春日井郡如意村に来て住んだと見える。
石藏イシクラ石代は又次郞光直-大炊助光〓-大炊左衞門成親-左近藏人成編(信長に誅さる)-左近なりと。又成綱の弟に湯原八丞國信あり(三州志)。詳細は井口條を見よ。2濃尾の石黑氏前項石黒の後なり。新撰美濃志池田郡山洞村條に、石黒氏領主にて、もと加賀國の武士なりしが中古尾張の春日井郡如意村に來り住めり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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