この名字はまだ図鑑に載っていません
全国16271位約335人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「石寺」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
輪違い
二つの輪を重ねた図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 177コマに「家紋輪違の内丸、黑餅に七寶」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
石寺(いしてら)は近江国(滋賀県)石寺より起こると言う。寛政系譜で未勘源氏に収め「先祖が近江国石寺に住したより家号とした」と書かれている。助重の子助久より系がある。家紋は輪違の内丸、黒餅に七宝である。若松保科藩の側用人にも此の氏がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
石寺イシテラ近江國石寺より起ると云ふ。寛政系譜、未勘源氏に收め「先祖近江國石寺に住せしより家號とす」と。助重の子助久より系あり。家紋輪違の内丸、黑餅に七寶。若松保科藩側用人にも此の氏あり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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