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全国11399位約602人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
石動(いするぎ・ゆするぎ)は能登国能登郡(鹿島郡)に石動山があり、式内伊須流支比古神社が鎮座し、その別当寺を石動山天平寺と称する。伊須流支比古は能登国造の祖大入杵命ではないかと言われているが、まだ詳かではない。天平寺は秦澄法師の建立と称し、中世以後兵をそろえて一方に雄視した。太平記巻十四に「能登国石童山の衆徒○々」とあるこれである。戦国の末に前田利家に滅ぼされた。荒山合戦記を参照のこと。この氏はこの地から出たのであろう。
石動イスルギユスルギ能登國能登郡(鹿島郡)に石動山ありて、式內伊須流支比古神社鎭座し、その別當寺を石動山天平寺と云ふ。伊須流支比古は能登國遣の祖大入杵命ならんかと云へど未だ詳かならす。天平寺は秦澄法師の建立と稱し、中世以後儈兵をりて一方に雄視す。太平記卷十四に、能登國石童山の衆徒云々とあるこれなり。戰國の末前田利家に亡ぼさる、荒山合戰記を見よ。此の氏は此の地より出でしならむ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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