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全国14876位約391人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
百目木(とをめき・どめき)は磐城国(福島県・宮城県)白河郡の豪族であり、百目木から起こり、同所の館に拠る。『古事考』に「天正十六年三月六日、佐竹勢が阿武隈川に沿い攻め登り、百目木と川を隔てて向かいにある木沼村の八幡館を攻め落とし、白川に迫ろうとする。百目木修理がこれを見て、これは大事だと。この大勢が白川に不時に押し寄せるならば、結城の存亡は計りがたしと。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
百目木トヲメキドメキ磐城國白河郡の豪族にして、百目木より起り、同所館に據る。古事考に「天正十六年三月六日、佐竹勢·阿武隈川にそひ攻め登り、百目木と川を隔てゝ向ひなる木沼村の八幡館を攻め落し、白川へ迫らんとす。百目木修理·是を見て、こは一大事也。此の大勢·白川へ不時に押し寄せなば、結城の存亡·計りがたし。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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