この名字はまだ図鑑に載っていません
全国17149位約307人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
田根(たね)は『和名抄』に、近江国(滋賀県)浅井郡に田根〇を収め、多辺(保)と注している。その後田根庄から起こった。『東鑑』の建久元年十月九日条に「駿河国(静岡県)蒲原駅において院宣が到来した。これは近江国田根庄であり、按察大納言朝房の領所である。二品の御欝悶により、日々籠居の間、地頭佐々木左衛門尉定綱が領家の所務を疎かにする云々。その卿はその後本復した後、子編を申すに関して、成敗を尋ねさせた」など見える。田根氏は佐々木氏の族であり、この田根庄から起こった。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
田根タネ和名抄、近江國淺井郡に田根〓を收め、多扁(保)と註す。後田根庄·起る。東鑑、建久元年十月九日條に「駿河國蒲原驛に於いて院宣到來、是れ近江國田根庄は、按察大納言朝房が領所也。二品の御鬱胸に依り、日者籠居の間、地頭佐々木左衞門尉定綱·領家の所務を忽〓にす云々。彼の卿則ち復本の後、子編を申すに就き、成敗を尋ねしめ給ふ」など見ゆ。田根氏は、佐々木氏の族にして、此の田根庄より起る。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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