この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13591位約455人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
生本(うぶもと)は「於」で、「於」は「上」と字が異なり通用される。1「於公」は神名式の讃岐国(香川県)鵜足郡に字閉神社、苅田郡に於神社が見える。これらの地名を姓氏としたのだろうか。貞観四年五月の紀に「右京人左弁官史生従六位下於公浦雄、弟菅雄、主雄など三人に、姓を滋世宿禰と賜う」と見える。2「於忌寸」は倭漢氏の族で、上忌寸というものと同じであろう。天平九年九月の紀に於忌寸馬養という人が見える。後に宿禰姓を賜う。3「於伊美吉」は前項の於忌寸と同じである。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
生本ウブモト於ウヘ於は上、字閉と通じ用ひらる。1於公神名式讃岐國鵜足郡に字閉神社苅田郡に於神社見ゆ。此等の地名を負ひしか。貞觀四年五月紀に「右京人左辨官史生從六位下於公浦雄、弟菅雄、主雄等三人、姓を滋世宿禰と賜ふ」と見ゆ。2於忌寸倭漢氏の族にして上忌寸と云ふに同じかるべし。天平九年九月紀に於忌寸馬養と云ふ人見ゆ。後に宿禰姓を賜、D.3於伊美吉前項於忌寸に同じ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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