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全国11484位約594人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
玉津(たまつ)は山城に玉津岡神社、紀伊に武蔵に玉数神社がある。備中、土佐、肥前等に玉山城に玉津岡神社、紀伊にあり、いわゆる丹八坂項がこれである。仲哀天皇の御世に至り、玉造人等を召し返し、その○人荒木命(櫛玉彦三世孫大目命である)に詔して、巨勢の地三十代を賜う。これにおいて荒木命は、新たに神殿を造り、祖神等を祀り奉り、羽玉神社と言う。この時に当たり、矢玉神社を遷座し奉り、都べて合わせて四座とし、これに奉仕する。
玉津タマツ山城に玉津岡神社、紀伊に武藏に玉數神社あり。備中、土佐、肥前等に玉山城に玉津岡神社、紀伊にる、所謂る丹八坂項·是れ也。仲哀天皇の御世に到り、玉造人等を召し返し、其の□人荒木命(櫛玉彥三世孫大目命也)に詔して、巨勢の地三十代を賜ふ。是に荒木命、新に神殿を造り、祖神等を齋き奉リ、羽玉神社と曰ふ。此の時に當り、矢玉神社を遷坐し奉り、都べて合せて四座とし、之に奉仕す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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