この名字はまだ図鑑に載っていません
全国22151位約195人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
狩場(かりば)は紀伊国(和歌山県)牟婁郡の名族であり、『続風土記』の樫原村王子権現社の条に「当社は狩場刑部左衛門という者を祀ると伝える。昔刑部左衛門が妖賊を討ち、その功により郡知から、三千町の寺山を立合山とされた。刑部左衛門は右の山を色川○十八か村に譲り、永く○の助成とした。刑部左衛門死去の後、郷民が祀りて王子権現と称した」と載せている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
狩場カリバ紀伊國牟婁郡の名族にして續風土記、樫原村王子權現社條に「當社は狩場刑部左衞門といふ者を祭ると傳ふ。昔刑部左衞門·妖賊を討ち、其の功により郡智より、三千町の寺山を立合山とす。刑部左衞門右の山を色川〓十八箇村に讓り、永く〓の助成とす。刑部左衞門死去の後、郷民祀りて王子權現と稱す」と載す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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