この名字はまだ図鑑に載っていません
全国23767位約171人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「牟禮」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
藤
藤の花房を二つ、垂らして描いた図案。
丸に九枚笹
細長い笹の葉を三枚、扇に開いた図案。
『姓氏家系大辞典』第6巻 197コマに「家紋上藤の內三笠松、丸に九枚笹」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
牟禮(むれ)は、『和名抄』に周防国(山口県)佐波郡に牟国を収める。その他、極津・遠江(静岡県)・武蔵(東京都・埼玉県)・信○に名がある。その他は村の項を参照。【1】牟禮之別 ― 垂仁帝の裔であり、『古事記』垂仁の段に「大中津日子命は飛鳥君、半禮之別などの祖である」と見える。摂津国(大阪府・兵庫県)島下郡に牟禮神社があり、この氏の氏神か。【2】牟禮公 ― 前の項の氏と同じか。『姓名録抄』『拾芥抄』などに見える。【3】○○の牟禮氏 ― 天平十二年六月の紀に牟禮大野という者が見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
牟禮ムレ和名抄、周防國佐波郡に牟國解を收む。その他、極津、遠江、武蔵、信4.に名ありその他、村條參照。1牟禮之別垂仁帝裔にして、古事記、垂仁、段に「大中津日子命は飛鳥君、半禮之別、云々等の祖也」と見ゆ。攝津國島下郡に牟禮神社あり、此の氏の氏神か。2年禮公前項氏に同じきか。姓名錄抄、拾芥抄等に見ゆ。3無尸の牟禮氏天平十二年六月紀に牟禮大野と云ふ者見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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