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全国18623位約267人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
漢人(あやひと)は漢土からの帰化族だという伝説であるが、その多くは朝鮮半島を経由して来朝したようである。なかでも有名なのは倭漢氏族類の帰化だとされている。すなわち応神紀二十年の条に「倭漢直の祖阿知使主、その子都加使主が、ともに自分の党類十七県を率いて来帰した」とあり、また寶龜三年四月の紀に「正四位下近衛員外中将兼安芸守勳二等坂上大忌寸苅田麻呂等が、檜前忌寸をもって大和国(奈良県)高市郡の司に任じられたい」と述べられている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
漢人アヤヒト漢土よりの歸化族なりとの傳說なれど、其の多くは韓半島を經由して來朝したるが如し。就中有名なるは倭漢氏族類の歸化なりとす。卽ち應神紀二十年條に「倭漢直祖阿知使主、其子都加使主、並に己の黨類十七縣を率ゐて來歸す焉」また寶龜三年四月紀に「正四位下近衞員外中將兼安藝守勳二等坂上大忌寸苅田麻呂等言檜前忌寸を以つて、大和國高市郡司に任られたし。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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