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全国21189位約211人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
滝宮(たきみや)は、美作(岡山県)、安芸(広島県)、讃岐(香川県)などにこの地名がある。讃岐の豪族滝宮氏は、同国阿野郡滝宮邑から起こった。『寶鏡寺延徳二年十月二十日文書』に「二南条山四分御代官職のこと云々滝宮備中実家」という。また『南海通記』に「滝宮豊後守滝宮淵十郎などを挙げる。そして『全讃史』に「松崎城は滝宮村にある。滝宮豊後守・ここにいる長尾氏のいわく、天正七年七月、土佐(高知県)の元親・阿の重清の領地を攻める名目で、長尾氏を誘い、これを滅ぼした。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
瀧宮タキミヤタキノミヤ美作、安藝、讃岐等に此の地名存す。讃岐の豪族瀧宮氏は、同國阿野郡瀧宮邑より起る寶鏡寺延德二年十月廿日文書に二南條山四分御代官職の事云々瀧宮備中實家」と。また南海通記に「瀧宮豐後守瀧宮淵十郞等を擧ぐ。而して全讃史に「松崎城は瀧宮村に在り。瀧宮豐後守·こゝに居る長尾氏の諸に云ふ、天正七年七月、土佐の元親·阿の重清域を攻むるに託し、長尾氏を誘ひて之を減す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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