この名字はまだ図鑑に載っていません
全国17532位約295人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
浮貝(うきがい)は近江(滋賀県)の豪族であるべき。『奥地志略』野洲郡の条に、「浮貝藤助塚は吉見村街道のそば、田の中にある。土俗の言い伝え。浮貝藤助は慶長年中の伏見籠城の士である。ところが密かに石田三成に通じ、城が陥ることによって、四川原に捕らえられた後、誅殺された。東照神君はこの地で、藤助の首を実検し、捨てさせたのを、土人が塚に築いたと言う。」と見える。ウカイで鶏飼氏と同じか。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
浮貝ウキガヒ近江の豪族なるべし。奥地志略野洲郡條に、「浮貝藤助塚、吉見村街道の傍、田の中にあり。土俗相傳。浮貝藤助は慶長年中伏見籠城の士なり。然るに竊に石田三成に通じ、城陷るによつて、四川原の擒となつて後誅鐵せらる。東照神君此地にて、藤助が首を實檢し捨させ給ひしを、土人塜に築くと云ふ。」と見ゆ。ウカヒにて鸚飼氏に同じきか。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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