この名字はまだ図鑑に載っていません
全国14107位約427人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
波々伯部(はははかべ)は藤原姓の丹波(京都府・兵庫県)の豪族であり、多紀郡波々伯部邑から起こった。この地は六波羅下知状に「感神院領、丹波国波波伯部保下司氏澄の代、良盛・雑掌親円と下司職名田畠・井に刀傷狼藉等を相論する云々、正安元年十二月二十三日」と載せている。また波波伯部駅は太平記に見える。また母上にも訛った。今も八上村に祇園社がある。丹波志に「八上祇園は八坂感神院であり、母上大明神と呼ぶ」とある。この氏は藤原姓と称し、中興系図に〇々伯部。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
波々伯部ハハカベ藤原姓丹波の豪族にして、多紀郡波々伯部邑より起る。この地は六波羅下知狀に「感神院領、丹波國波波伯部保下司氏澄の代良盛·雜掌親圓と、下司職名田畠.井に刀傷狼藉等を相論す云々、正安元年十二月廿三日」と載せ、又波波伯部驛は太平記に見ゆ。又母上にも訛れり。今も八上村に祇園社あり。丹波志に「八上祇園は八坂感神院にて、母上大明神と呼ぶ」と0此の氏は藤原姓と稱す、中興系圖に減税々伯部。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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