この名字の読みはまだ確かめられていません(誤った読みを出さないため、推測では載せていません)。
この名字はまだ図鑑に載っていません
全国24706位約159人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「沼間」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
藤
藤の花房を二つ、垂らして描いた図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 13コマに「家紋左藤巴、丸に間の文字」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
沼間(ぬまま)は、和泉(大阪府)・伊勢(三重県)などに沼間庄があり、相模(神奈川県)にもこの地名がある。また『日用重実記』などでこの訓が見える。【1】安芸国(広島県)遺族 ― 怒麻、及び野間の項を見てほしい。【2】大中臣姓 ― 和泉の名族であり、家伝に「先祖大中臣沼○輔は関東から出て、和泉国沼野に住み、後に改めて沼と称した。○輔の後裔○忠は、房前の子を養って子とし、○次という。従二位に至った。川辺大臣・藤原の姓を賜った。その子を家○という。その奇○春は、後醍醐天皇に忠良を励ました」と述べた。ただし談荒諸は信じられない。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
沼間ヌマヌママ和泉、伊勢等に沼間庄相摸にも此の地名あり、又日用重實記等に此の訓見ゆ。1安藝國遺族怒麻、及び野間條を見よ。2大中臣姓和泉の名族にして、家傳に「先祖大中臣沼〓輔·關東より出で、和泉國沼野に住し、後改めて沼と稱す。〓輔の後胤〓忠、房前の子を養ひて子とし、〓次と云ふ。從二位に至る。川邊大臣·藤原の姓を賜ふ。其の子を家〓と云ふ。其の奇〓春、後醍醐天皇に忠良をはげむ」と、談荒諸信ずべからず。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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