この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11969位約558人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
沼辺(ぬまべ)は和名抄に相模国大住郡に渭辺郡を収めるとあり、後世では沼部○とも見える。その他、信濃・陸前などにこの地名が存する。藤原姓で陸前国業田郡の沼辺邑より起こる。伊達世臣譜略に「沼辺の姓は藤原で、その先祖は世々柴田郡沼辺邑に住して、○して称号となす。当家一族の臣である。先祖は摂津の名家である○。その以前の家系は判然としないため、その出身および一族に列する由来は、共に詳かではない。摂津は十五世晴宗君の時代の人である」と。
沼邊ヌマペ和名抄、相摸國大住郡に渭邊郡を收む、後世沼部〓とも見ゆ。その他、信濃、陸前等に此の地名存す。1藤原姓陸前國業田郡の沼邊邑より起る。伊達世臣譜略に「沼邊·姓は藤原、其の先·世々柴田郡沼邊邑に住し、51)て稱號と爲す。當家一族の臣也。先祖攝名家なり津其以前は家系はばずず故に其の出身、及び一族に列する由、共に詳かならず。攝津は十五世晴宗君の時の人也。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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