この名字はまだ図鑑に載っていません
全国15737位約355人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
永良(ながら)は前後の数条を参照。また美濃(岐阜県)に永良庄、その他、三角、播磨(兵庫県)などにこの地名が存在する。赤松氏族で播磨国神埼郡永良(長良)邑から起こった。この地に長良城がある。出自は赤松系図に「範資(信濃守、左京亮、大夫判官)-則綱(号永良民部少輔)、」と見え、また赤松家風条々事に「御一家衆・永良殿」と載せ、また中与系図には「永良。村上、本国摂津。赤松信濃守範実の三代葆五郎則綱・これを称する」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
永良ナガラ前後數條參照。また美濃に永良庄、その他、三角、播磨等に此の地名存す。1赤松氏族播磨國神埼郡永良(長良)邑より起る。此の地に長良城あり。出自は、赤松系圖に「範資(信濃守、左京亮、大夫判官)-則綱(號永良民部少輔)、」と見え、又赤松家風條々事に「御一家衆·永良殿」と載せ、又中與系圖には「永良。村上、本國攝津。赤松信濃守範實の三代葆五郎則網·これを稱す」とあり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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