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全国11541位約590人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
櫛原(くしはら)は前の条と通じる。藤原姓の遠山氏流で、美濃国恵那郡串原邑から起こった。当国の大族遠山氏の族であり、永享以来御番帳に遠山衛原五郎を載せ、長享元年9月12日の『常徳院殿標江州御動座在陣業著到』に「濃州・遠山櫛原藤次郎、達山櫛原藤五郎」と記したのは、ここの人であろう。その後、遠山与五郎の一族が住んだという(『新撰美濃志』)。また「串橋(遠山独左衛門)」と見える。この人の時代に、甲州武田のため、天正2年に攻め落とされた。
櫛原クシハラ前條と通ず。藤原姓遠山氏流美濃國惠那郡串原邑1より起る。當國の大族遠山氏の族にて、永享以來御番帳に遠山衞原五郎を載せ、長享元年九月十二日常德院殿標江州御動座在陣業著到に「濃州·遠山櫛原藤次郎、達山櫛原藤五郞」としるしたるは、こゝの人なるべし。其の後、遠山與五郞の一族住しといふ(新撰美濃志)。又「串橋(遠山獨左衛門)」と見ゆ。此人の時、甲州武田の爲、天正二年攻め落さる。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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