この名字はまだ図鑑に載っていません
全国21398位約207人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
樫井(かしい)は和泉国(大阪府)日根郡樫井邑から起こる。籾井城主籾井彦五郎の後胤かと述べられている。樫井太兵衛は小川土佐守の家士であり、慶長五年九月に濃州(岐阜県)関ヶ原において平塚因幡を討ち、武名が世に鳴った。幕臣にこの氏があり、寛政系譜未勘に収録されている。また豊鑑に美濃の○井の城主が見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
樫井カシヰ和泉國日根郡樫井邑より起る。籾井城主籾井彥五郞の後胤かと云ふ。樫井太兵衞は小川土佐守の家士也、慶長五年九月濃州關が原に於て平塚因幡を討て武名世に鳴る。幕臣に此の氏あり、寬政系譜未勘に收む。又豐鑑に美濃のかじ井の城主見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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