この名字はまだ図鑑に載っていません
全国18775位約263人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「桑添」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
藤
藤の花房を二つ、垂らして描いた図案。
九曜
中央の星のまわりに、八つの星を丸く配した図案。
五三桐
桐の葉三枚の上に、花の穂を立てた図案。
『姓氏家系大辞典』第2巻 484コマに「家紋上藤の内三木、九曜、五三桐」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
桑添(くわそえ)・桑田(くわた)は、丹波国(京都府・兵庫県)桑田郡は『和名抄』に「久波太」と注している。国府のあった地であり、『継体紀』八年十二月の項に丹波国桑田郡とあるのが初見である。郡内に「桑田郷(久波多)」がある。『垂仁紀』に「丹波桑田村」、『仁徳紀』に「桑田の玖賀媛」などが見える。いずれもこの地であり、また『神名式』に「桑田郡桑田神社」……(この先は原文の行が崩れていて読み取れない)【3】藤原南家狩野氏流の家譜に「狩野光信が上総国(千葉県)桑島村に住したことにより、この氏を名乗る」と述べている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
桑添クハソヘ桑田クハタ丹波國桑田郡は和名抄に久波太と註す、國府のありし地にして、繼體紀八年十二月條に丹波國桑田郡とあるを初見とす。郡内に「桑田郷(久波多)」あり。垂仁紀に「丹波桑田村、」仁德紀に「桑田の玖賀媛、」など見ゆる·皆此の地にして、又神名式に「桑田郡桑田神社(今山本村桑田の桑島吉郞右衞門3藤原南家狩野氏流家譜に「狩野光信·上總國桑島村に住するにより、此の氏を稱す」と云ふ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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