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全国20974位約215人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
桂野(かつらの)は秀○流藤原姓で、佐野氏の族であり、久賀七郎兵衛尉宗春・宗久は桂栄である。橋正成と合戦して功名を顕した由の感状もある。また天文の警紙に、葛原忠という人がいる。またこの家の祖である。慶長十五年九月、その祖葛原与一兵衛という者が死亡し、その墓は村中にあり、来国秀の槍を持ち伝えた。また葛原の祖が、朝廷の命を受けて禁中で三面の狐を討ったことがあるという文書がある。その狐の尾だと言い伝えられて、今なお伝えられている。
桂野カツラノ秀〓流藤原姓、佐野氏の族にして、久賀七郞兵衞尉宗春-宗久桂栄たり。橋正成と合戰して功名を顯したる由の感狀もあり。亦天文の警紙に、葛原忠といふあり。亦此の家の祖なり。慶長十五年九月、其の祖葛原與一兵衛といふ者死す、其の墓村中にあり、來國秀の鎗を持傳へたり。又葛原の祖、朝廷の命を受けて禁中にて三面の狐を討ちし事ありといふ文書あり。其の孤の尾なりといひ傳へて、今尙ほ傳へたり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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