この名字はまだ図鑑に載っていません
全国12021位約554人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
栃内(とちない)は藤原姓で陸中国和賀郡栃内邑から起こった。村田吉時の後であるという。また秀○流藤原姓で前項氏と同一か。和賀の朽内邑から起こった。『奥南旧指録』に「栃内家は藤原秀○の後裔で、川村飛驒三郎・志和御所に従って下向し、志和の家人であった。○は剣菱である」とあり、後に南部家に仕える。予参士に江刺朽内、遠野朽内がいる。また『諸家系図』に杤内源七秀守らが見える。
栃內トチナイトチウチ1藤原姓陸中國和賀郡栃内邑より起る。村田吉時の後なりと云ふ。2秀〓流藤原姓前項氏と同一か。和賀の朽內邑より起る。奥南舊指錄に「栃内家は藤原秀〓の後胤川村飛驒三郞·志和御所に附きて下向し、志和の家人たりき。〓は劔菱也」と後南部家に仕ふ。豫參士に江刺朽內、遠野朽內あり。又參考諸家系圖に杤内源七秀守等見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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