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全国17532位約295人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
柳山(やなぎやま)は店内備考に一下谷町右当所開発人善次郎の子孫である。家譜および屋敷の由諸書に所持している。『藤原正勝が初代柳山甚左衛門である。本国参州茨木村の住人で、岡崎城に奉仕した。遠州(静岡県)浜松城に供奉し、大工町に第宅地を賜り、また駿府城に奉従した。慶長年中に江戸神田多町に住み、寛永七庚午年五月二十日に卒し、行年六十四歳である。女は古渡佐兵衛の妻、二女は田村善次郎の妻である。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
柳山ヤナギヤマ店内備考に一下谷町右當所開發人善次郎の子孫に御座候。家譜、並に屋敷の由諸書所持仕リ罷在候。『藤原正勝初代柳山甚左衞門。本國參州茨木村住人也〓岡崎城奉仕。遠州濱松城に供奉、大工町に第宅地を賜ひ、亦駿府城に奉從、慶長年中江戶神田多町に住す、寛永七庚午年五月二十日卒、行年六十四歲。女は古渡佐兵衞妻、二女は田村善次郞妻。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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