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全国19984位約235人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
東部(とうぶ)は異人種部の一つであり、高麗族である。もともと高麗五族の一つ・順奴部であって、『後漢書』の高句麗の項に「三を東部という、一名左部、すなわち順奴部である」と見える。山城(京都府)の東部は弘仁二年八月の紀に「山城国人正六位上高麗人東部黒麻呂に、姓を広宗連を賜う」などと見える。東部宿禰は前項の東部の宿禰姓を賜わった者かもしれない。『姓名録抄』『捨芥抄』などに見える。『和名抄』の摂津国(大阪府・兵庫県)百済郡に東部○を収めているが関係ないだろう。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
東部トウブヒガシベ異人種部の一にして、高麗族也。もと高麗五族の一·順奴部にて、後漢書、高句麗條に「三を東部と云ふ、一名左部、卽ち順奴部也」と見ゆ。1山城の東部弘仁二年八月紀に「山城國人正六位上高麗人東部黑麻呂に、姓を廣宗連を賜ふ」など見ゆ。2東部宿禰前項東部の宿禰姓を賜へる者か。姓名錄抄、捨芥抄等に見ゆ。3雜載和名抄、攝津國百濟郡に東部〓を收むれど關係なかるべし。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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