この名字はまだ図鑑に載っていません
全国12401位約526人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「曲淵」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
木瓜
四つの弁を重ねた輪郭のなかに、花を置いた図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 494コマに「家紋丸に横木瓜、披拿.三本章、石持に橫木瓜」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
曲淵(まがりふち・まがふち)は、甲斐・信濃・岩代・筑前などにこの地名がある。【1】○和源氏頼親流 ― 甲斐国中巨摩郡曲淵邑から起こった。朝日左衛門尉(分脈には三郎)頼時の子孫で、縫殿助頼定を祖とする。その子は若狭吉高、その子は勝左衛門吉景で、出家して玄長と名乗った(武田家臣)。家紋は丸に横木瓜・披矢・三本章・石持に横木瓜。『寛政系譜』は武田支流に12家を掲載している。青木尾張守信親の五男甚右衛門信次が吉景の養子になったためである。
曲淵マガリフチマガフチ甲斐、信濃、岩代、筑前等に此の地名あり。1〓和源氏頼親流甲斐國中巨摩郡曲淵邑より起る。朝日左衞門尉(分脈に三郞)頼時の後胤、縫殿助賴定を祖とす。其の子若狭吉高、其の子勝左衞門吉景入道玄長(武田家臣)なり。家紋丸に横木瓜、披拿.三本章、石持に橫木瓜。寛政系譜、武田支流に十二家を載せたり。青木尾張守信親の五男甚右衞門信次·吉景の養子となりしが故也。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
「曲淵」の家系図は、まだ1つも公開されていません。あなたが最初のひとりになれます。ログインなしで、そのまま作り始められます。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →