この名字はまだ図鑑に載っていません
全国14257位約419人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「日沢」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
三階菱
菱形を組み合わせた図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 221コマに「家紋三階菱」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
日澤(ひさわ、ひのさわ)は小笠原氏の族に○。陸奥国(東北地方)三戸郡日ノ澤邑から起った。家紋は三階菱。旧指録に「光行公が八戸着岸の時、田子より日澤などの人々が来て随従する」という。また武蔵(東京都・埼玉県)などに存する。檜澤(○、ひのきざわ、ひさの、ひさわ)○○大王久永源左衛門は元禄・山田奉行に久永丹波守重高がある。また幕末に久永石見守が見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
日澤ヒサハヒノサハ小笠原氏の族に는.陸奥國三戶郡日ノ澤邑より起る。家紋三階菱。舊指錄に「光行公·八戶着岸の時、田子より日澤等の人々來り隨從す」と。又武藏等に存す。檜澤뉴ヒノキザハヒサノ-ヒサハ四八大王久永源左衞門元祿·山田奉行に久永丹波守重高あり。又幕末久永石見守·見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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