文

ぶんBun

全国6460位 ・ 約1,470人

文(ふみ・ぶん)は、古代、朝廷にあって文筆を掌った氏で、大和(東文氏)、河内(西文氏)の二国に住んだ。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
ぶん
ローマ字
Bun
全国順位
全国6460位
推計人数
約1,470人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

文をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Bun読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 河内国(大阪府)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

文(ふみ・ぶん)は、古代、朝廷にあって文筆を掌った氏で、大和(東文氏)、河内(西文氏)の二国に住んだ。勢威があったため、一族は諸国にも少なくなかった。なお「フビト」の条を参照。 【1】文首(西文氏、河内(大阪府)の文氏)― 文氏一族の宗家である。おおよそ文氏には二流あり、一つは文首で河内に居り、一つは文直で大和(奈良県)に住んだ。よって西文氏・東文氏の称がある。こちらは西、すなわち河内の文氏で、博士王仁の後という。「古事記」応神段に「この和邇吉師は、文首らの祖である」と載せ、また「応神紀」に「王仁はこれ書首らの始祖である」とある。 ……(この先は原文の行が崩れて読み取れない)王仁は漢の高祖の後であるといい、延暦十年紀に「漢の高皇の後を豊といい、その後の王狗が転じて百済に至った。百済の久素王の時、聖祖が使いを遣わして文人を召し置いた。久素王はすなわち狗の孫の王仁をもって貢したという」とある。 氏人は「雄略紀」九年条に「古市郡人書首加龍」、また「斉明紀」に河内書首、また「天武紀」に書首根麻呂などが見え、同紀十二年条に至って連の姓を賜った。 【2】西漢文首 ― 前項の氏に同じ。「本朝月令」などに見える。文首は河内の漢氏であるためこのように言うのである。 【3】文直 ― 倭漢氏の一族で、これは大和の文氏であるため東文氏ともいう。坂上氏の一族である。「姓氏録」には都賀直の後とする。氏人の多くは倭漢書直と載せ、「天武紀」に至って連の姓を賜った。 【4】倭漢文直 ― 前項の氏に同じ。「書」の条を見よ。 【5】文連 ― 第一項の文首の後である。「天武紀」十二年条に「文首うんぬん、姓を賜って連という」と載せ、後に忌寸の姓を賜ったことは前項の氏に同じ。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

文フミブン古代、朝廷に在りて文筆を掌りし氏にして、大和(東)、河内(四)の二國に住す。勢感ありしにより、一族諸國にも尠からず、猶ほフビト條參照。 1文首四文氏(河內の文氏)族の宗家な!!凡そ文氏に二流あり。一は文首にして河內に居り、一は文直にして、大和に住居す。よりて四文氏、東文氏の稱あり。こは四、卽ち河内の文氏にして、博士王仁の後、卽ち古事記應神段に「此の和爾吉師は、文首等の祖」と載せ、また應神紀に「王仁は是れ書首等の始祖也」と。……香取郡松澤莊を王仁は漢の高祖の後也と云ひ、延曆十年紀に「漢高皇の後を豐と日ひ、登の後·王狗、轉して百濟に至る。百濟久素王の時、聖祖·使を遣はして文人を置召す。久素王·卽ち狗の孫王仁を以つて貢す焉」とあり。而して氏人は雄略紀九年條に「古市郡人書首加龍」、また齊明紀に河内書首,また天武紀に書首根麻呂など見え、同紀十二年條に至りて、連姓を賜ふ。……2四漢文首前項氏に同じ。本朝月合等に見ゆ。文首は河内の漢氏なるが故に斯くも云ふ也。 3文直倭漢氏の族にして、こは大和の文氏なれば、東文氏とも云ふ。坂上氏の一族也。姓氏錄には都賀直の後とす。氏人は多く倭漢書直と載せ、天武紀に至り連姓を賜ふ。 4倭漢文直前項氏に同じ。書條を見よ。 5文連第一項文首の後也。天武紀十二年條に「文首云々、姓を賜ひて連と曰ふ」と載せ、後に忌寸姓を賜前條氏に同じ。

姓氏家系大辞典 第5巻 378コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

文に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

「文」で始まる・文を含む名字

文の字をそのまま含む、より長い名字です。

同じくらいの多さの名字

全国順位が文の前後にある名字です。

存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →