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全国12918位約494人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
支倉(はせくら)は陸前国(宮城県・岩手県)業田郡支倉邑より起こる。相武平氏高望の七代孫最常が、曽係常隆の次男常久の子久成の後だと言う。同じ邑にその居城址がある。大槻氏が言う「支倉氏には古文書類があり、昔は長谷倉とも記されていた。『支』と書いて『はせ』と読むことは明らかでない。丈部の『丈』という字の訛などではないかという説もある。また『走』という字の訛かなどと思うが、どれも根拠があるのではない。仙台城下に、今も支倉通という街があり、支倉氏の邸があったことから呼ばれているのだ」と。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
支倉ハセクラ陸前國業田郡支倉邑より起る。相武平氏高望七代孫最常が曾係常隆次男常久の子久成の後也と云ふ。同邑に其の居城址あり。大槻氏云「支倉氏に古文書類ありて、古くは長谷倉とも記せり。支と書きて、はせと讀むこと詳ならず。丈部の丈の字の訛などにやあらむとの說もあり。又走の字の訛かなど思へど、何れも據りどころあるにあらず。仙臺城下に、今も支倉通といふ巷街あり、支倉氏の邸ありしより呼べるなり」と。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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