この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13372位約467人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「徳力」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
目結
絞り染めの結び目を四つ、角を合わせて並べた図案。
五三桐
桐の葉三枚の上に、花の穂を立てた図案。
丸に鱗
三角形を三つ積んだ図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 287コマに「家紋寄掛目結、五三桐、丸に三鱗寛政系譜に」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
德力(とくりき)は豊前(福岡県・大分県)などに存在する地名である。佐々木氏族の家傳に「佐々木行定の後で、良安が初めて德力を称した」と書かれている。家紋は寄掛目結、五三桐、丸に三鱗である。寛政系譜に「十之丞良顯(有隣)-藤八郎良弼(十五郞)-良輪(十五郞、嘉平)、弟金十郞良興」と出ている。良顯はもともと讃岐(香川県)の人で、幕府の儒官となった。良弼は龍瀾(茂弼)のことであろ○、岡山池田藩の重臣としてこの本願寺の絵所を預けられていた。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
德力トクリキ豐前等に此の地名存す。1佐々木氏族家傳に「佐々木行定の後にして、良安·初めて德力を稱す」と云ふ。家紋寄掛目結、五三桐、丸に三鱗寛政系譜に「十之丞良顯(有隣)-藤八郎良弼(十五郞)-良輪(十五郞、嘉平)、弟金十郞良興」と見ゆ。良顯は、もと讃岐の人にして、幕府の儒官となる。良弼は龍瀾(茂弼)の事なるべLo岡山池田藩重臣に此本願寺繪所預たりき。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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