この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13511位約459人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
徳富(とくとみ)は、【1】『東霊』巻三十八の保治元年六月二十二日の討死人交名に「得富小大郎」と見える。【2】菅原姓 ― 肥後国(熊本県)葦北郡水俣邑(『和名抄』に水俣○、水俣の項を参照)の名族であり、深水氏と共に並び称される。寛永島原役に徳富忠助がいた。古くから菅姓を称し、天満宮を氏神とする。その○、徳富猪一郎徳大寺御合印○など、近江(滋賀県)にこの氏が存在する。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
德富トクトミ東靈卷三十八、寶治元年六月廿二日、討死人交名に「得富小大郞」と見ゆ。2菅原姓肥後國葦北郡水俣邑(和名抄に水俣〓、ミナマタ條參照)の名族にして、深水氏と共に並び稱さる。寛永島原役に德富忠助あり、古くより菅姓を稱し、天滿宮を氏神とす。その奇·德富猪一郎德大寺御合印5其の他、近江に此の氏存す。
『姓氏家系大辞典』はこの名字を「徳富」の表記で立項しています。引用はその項のものです。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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