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全国18152位約279人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
延永(のぶなが)は丹後国(京都府)の豪族であり、『丹後国諸庄○保惣田数目録帳』に「加佐郡○○社十六町九段二百七十歩内、六町五反百八十五、延永左京亮。志樂庄二百町九反百八十歩内、二十二町二段二百三十八歩、ただし十五町は御公事、同半済で、延永左京亮。奧佐郡拝師綿七町四段二百五十六歩内、町二反九歩、延水左京亮。同郡宮津庄百五十五町三百十二歩内、七町五段二百八十九歩、公文分延永左京亮」と記載されている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
延永ノブナガ丹後國の豪族にして、丹後國諸庄〓保惣田數目錄帳に「加佐郡口口社十六町九段二百七十步内、六町五反百八十五、延永左京亮。志樂庄二百町九反百八十步內、二十二町二段二百三十八步、但し十五町致御公事、同半濟、延永左京亮。奧佐郡拜師綿七町四段二百五十六步內、町二反九步、延水左京亮。同郡宮津庄百五十五町三百十二步内、七町五段二百八十九歩、公文分延永左京亮。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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