この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13372位約467人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
廣谷(ひろたに/ひろや)は但馬(兵庫県)、備後(広島県)などに廣谷庄があり、また絵後などにこの地が存在し、また武蔵国(東京都・埼玉県)高麗郡に廣谷城(下廣谷村)がある。風土記稿に「土人が城の跡と称して、何人の居跡であることを伝えず。一つは村の東北にあり、東四北の三方の堀は二重である。一つは村の東にあり、堀三十間、深さ三尺ほど、土人はこれを構山と言う」と。攝津(大阪府・兵庫県)、武蔵などにこの氏が現存する。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
廣谷ヒロタニヒロヤ但馬、備後等に廣谷庄、また絵後等に此の地存し、又武蔵國高麗郡に廣谷城(下廣谷村)あり。風土記稿に「土人城の跡と唱へて、何人の居跡なることを傳へず。一は村の東北にあり、東四北の三方の掘は二重なり。一は村の東にあり、堀三十間、深さ三尺許、土人是を構山と云ふ」と攝津、武藏等に此の氏現存す。
『姓氏家系大辞典』はこの名字を「広谷」の表記で立項しています。引用はその項のものです。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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