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全国11148位約622人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
市河(いちかは)は市川と同じように使われる。前の項を見てほしい。ここでは漏れていたものだけを補う。【1】市河宮 ― 『紹運録』に後嵯峨院の皇子である悲助法親王(市河宮)として見える。【2】讃岐の市河氏 ― 『東鑑』の寛元四年三月十八日の項に「讃岐国の御家人藤左衛門尉が海賊を取り押さえた……」とある。次の二十日の項に評定があり、市河次郎左衛門尉が盗賊・海賊などを捕虜にした功績について、および度々の武功を立てた。御感があるという由で、○書を賜るべき旨、また御恩沙汰の時に注文を加えて申し上げるべき旨が載っているとある。
市河イチカハ市川と通じ用ふ。前條を見よ、今漏れたるをのみ補はん。1市河宮紹運錄に後嵯峨院-悲助法親王(市河宮)と見ゆ。2讃岐の市河氏東鑑寬元四年三月十八日條に「讃岐國御家人藤左衞門尉海賊を獨め進む事云々、」と。次に廿日條に時評定あり、市河次郞左衞門尉、强盜海賊等を搦進むる賞の事、及び度々高名畢んぬ。御感あるの由、御〓書を賜ふべし。且御恩沙汰の時、注文を加へ申さをべき旨載す云々」とあり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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