この名字はまだ図鑑に載っていません
全国14606位約403人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「岩里」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
八重菊
菊の花を、放射状の花びらで表した図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 267コマに「家紋丸に橋、丸に八重菊」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
岩里(いはさと)・岩澤(いはさわ)は、磐城(福島県・宮城県)・岩代(福島県)などに岩澤邑がある。【1】桓武平氏千葉氏流 ― 『寛政系譜』に○正から系がある。家紋は丸に橋・丸に八重菊。【2】陸奥(東北地方)の岩澤氏 ― 『南部文書』の建武頃のものに「当郡給主中、云々、三戸新給人岩澤大炊六郞入道(大瀬二郞跡)、津軽凶徒と同候也」と護代として感を振るった地だからである。【2】平姓幕臣岩下氏 ― 平氏であると述べた。前の項に述べたとおりである。【3】○和源氏爲義流 ― 阿野金成の後代とされた。岩下禪師と称する。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
岩里イハサト岩澤イハサハ磐城、岩代等に岩澤邑あリ。1桓武平氏千葉氏流寛政系譜、〓正よリ系あり。家紋丸に橋、丸に八重菊。2陸奥の岩澤氏南部文書建武頃のものに「當郡給主中、云々、三戶新給人岩澤大炊六郞入道(大瀬二郞跡)、津輕凶徒與同候也」と護代として感を振ひし地なればなり。2平姓幕臣岩下氏は平氏なりと。前條に云へり。3〓和源氏爲義流阿野金成の後知曉·岩下禪師と稱す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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