この名字はまだ図鑑に載っていません
全国23476位約175人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「岡道」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
井筒
井戸の枠組みを正方に組んだ図案。
雁金
飛ぶ雁を横から見た形の図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 442コマに「家紋石井筒の内矢筈打違、鰹木、丸に結雁金、結雁金」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
岡道(おかみち)・岡光(おかみつ)・岡宮(おかみや)・岡村(おかむら)は武蔵(東京都・埼玉県)、常陸(茨城県)、信濃(長野県)、岩代(福島県)などにこの地名があり、この氏はこれらの地名を負ったのである。桓武平氏惟茂流で信濃国小県郡岡村から起こり、同地の岡村城に拠った。その出自に関しては、安和二年己巳年、桓武天皇七代の後胤余五将軍出羽守平維茂が信州荒倉山(千曲真砂戸隠山)の妖鬼退治として発向○の時、長楽寺(今の別所の地)観音に詣でてここの民間の賤の女に戯れ、その女は懐妊して一男を産む。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
岡道ヲカミチ岡光ヲカミツ岡宮ヲカミヤ岡村ヲカムラ武藏、常陸、信濃、岩代等に此の地名あり。此の氏は此等の地名を負ひし也。1桓武平氏惟茂流信濃國小縣郡岡村より起り、同地の岡村城に據る。その出自に關しては、安和二己巳年、桓武天皇七代の後胤餘五將軍出羽守平維茂、信州荒倉山(千曲眞砂戶隱山)の妖鬼退治として發向〇時、長樂寺(今の別所の地)觀音に詣で此處の民間賤の女に戯玉ふに、其の女憫姙して一男を產む。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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