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全国21883位約199人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
小野岡(おのおか)は○和源氏で佐竹氏の族であり、佐竹系図に「義実の子義森(小野岡)」と記し、また佐竹支族系図に「小野岡之内、義久-義盛(右衛門佐)-義高(右衛門佐)-義雄(右衛門大夫)-義継(彦次郎)」と見え、また諸家系園纂に「義盛(母右馬頭、応永十四九廿一卒、年四十三、法名大淳常盛、号多福寺)-義仁(実は上杉右京大夫の男である、童名龍保丸、本名義憲)-義俊(五郎、伊予守)-義久(小野岡内)-義盛(右衛門佐)-義高(
小野岡ヲノヲカ〓和源氏佐竹氏の族にして佐竹系圖に「義實の子義森(小野岡)」と載せ、又佐竹支族系圖に「小野岡之内、義久-義盛(右衞門佐)-義高(右衞門佐)-義雄(右衞門大夫)-義繼(彥次郞)」と見え、又諸家系園纂に「義盛(母右馬頭、應永十四九廿一卒、年四十三、法名大淳常盛、號多福寺)-義仁(實は上杉右京大夫男也、童名龍保丸、本名義憲)-義俊(五郞、伊豫守)-義久(小野岡内)-義盛(右衞門佐)-義高(
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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