この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13652位約451人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
小師(をし)・鴛(をし)『東鑑』巻十五建久六年東大寺供養随兵に為三郎が見える。忍三郎と同じであろう。忍足(おしあし)・押上(おしあげ)故押上中将は飛騨(岐阜県)の人である。その通信に「小生の苗字の地は越中国(富山県)新川郡押上村であって、三百年前に移居して、予まで十一代は分かっているが、それ以前は分からない。地名も東京を始めとして全国に五六箇所は検出したが、苗字としてはほとんど小生の家のみと存じます」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
小師ヲシ鴛ヲシ東鑑卷十五建久六年東大寺供養隨兵に爲三郞見ゆ。忍三郞に同じかるべしo忍足オシアシ押上オシアゲ故押上中將は飛驒の人なリ、其の通信に「小生苗字の地は越中國新川郡押上村にして、三百年前移居して、予まで十一代は分り居るも、其れ以前は分らず。地名も東京を始めとし、全國に五六ケ所は檢出せしも、苗字としては殆んど小生の家のみと存候、」と見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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