この名字はまだ図鑑に載っていません
全国16891位約315人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「奈佐」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
木瓜
四つの弁を重ねた輪郭のなかに、花を置いた図案。
桐
桐の葉三枚の上に、花の穂を立てた図案。
『姓氏家系大辞典』第4巻 470コマに「家紋三木瓜、五七の桐、三本熨斗」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
奈佐(なさ)は、『和名抄』に但馬国(兵庫県)城崎郡に奈佐郷が載っている。その他、阿波(徳島県)などにこの地名が存在する。【1】日下部姓 ― 前述の但馬奈佐○から起こった。一本の日下部系図に「表米の三男を奈佐氏の祖とした」(但馬考)と、また日下部伝記に「表米王の裔で奈佐の樋爪荘を領有する者が奈佐氏を名乗った」と述べている。鎌倉の時、奈佐春高は朝倉高○の子を養って嗣とした。朝倉条を参照。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
奈佐ナサ和名抄、但馬國城崎郡に奈佐郷を收む。その他、阿波等に此の地名存す。1日下部姓前述但馬奈佐〓より起る。一本日下部系圖に「表米の三男を奈佐氏の祖とし」(但馬考)、又日下部傳記に「表米王の裔·奈佐の樋爪莊を食む者、奈佐氏を稱す」と。鎌倉の時、奈佐春高は朝倉高〓の子を養ひて嗣とす。朝倉條參照。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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