この名字はまだ図鑑に載っていません
全国15180位約379人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
大槌(おおつち)は陸中国(岩手県・秋田県)上閉伊郡大槌邑から起こる。阿曽沼氏の一族である。『奥南旧指録』に「譜代並びに大槌、上野(群馬県)、橋野ともに違野の別なり」とある。応永の頃、大槌孫三郎がいた。『祐○私記』に「大槌孫三郎も、阿曽沼の一家の好みあるを忘れ、気仙衆に同心した。この由が豊米条部に聞こえたので、応永十九年、南部守行・遠野表へ出陣した」とある。「大槌孫三郎が○した時、釜石浦の夷どもが大和(奈良県)へ一味したのを、守行直に釜石へ攻め入った」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
大槌オホツチ陸中國上閉伊郡大槌邑よリ起る。阿曾沼氏の族なり。奥南舊指錄に「譜代並、大槌、上野、橋野ともに違野の別也と0應永の頃、大槌孫三郞あり、祐〓私記に「大槌孫三郞も、阿曾沼の一家の好みあるを忘れ、氣仙衆に同心す。此の由、豐米條部へ聞えければ、應永十九年、南部守行·遠野表へ出陣ある」と。「大槌孫三郞じたまふ時、釜石浦の夷ども大和へ一味したりけるを、守行直に釜石へ攻入る」と。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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