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全国18939位約259人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
壱岐(いき)は壱岐国(長崎県)から起こった。『和名抄』では壱岐島を「由岐」と訓ずる。また壱岐郡もある。壱岐は壱伎、一六、伊吉、伊岐、伊伎、伊木、伊支などの文字を用い、さらに雪とも音が通じる。一支彦。『魏志東夷伝』では対馬国(長崎県)の次に「また南に一海を渡ること千余里、名を瀚海(玄海)と言う。一大(一支)国に至る。官もまた卑狗(彦)と言い、副を卑奴母離(裏守)と言う。方三百里ばかり、竹木叢林多し。三千許家あり」と言っている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
壹岐イキ壹岐國より起る、和名抄壹岐島に由岐と訓ず、又壹岐郡あり。壹岐は壹伎、一六、伊吉、伊岐、伊伎、伊木、伊支等の文字を用ひ、猶ほ雪とも音通ず。1一支彥魏志東夷傳對馬國の次に「又南一海を渡る千餘里、名を瀚海(玄海)と云ふ。一大(一支)國に至る、官亦卑狗(彥)と曰ひ、副を卑奴母離(裏守)と云ふ、方三百里ばかり、竹木叢林多し、三千許家あり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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