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全国11018位約634人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
城取(しろとり)はまた白鳥に作る。羽前国村山郡白鳥邑より起こる。大江姓で、寒河江氏の族のようである。岩の条を参照せよ。城取十郞武任がある。また続太平記に白鳥冠者義久とあるのは、この氏かと言う。また羽源記に拠るに、義光の時代には、白鳥城に城取十郞という人が居住し、土俗屋形と称するという。その家の子には橋間勘十郞、曾根門彌という勇士がある。また一門には、加藤権右衞門、東海林市郞兵衛、平沢源之亟、白岩帯刀とて、いずれも○。
城取シロトリまた白鳥に作る。羽前國村山郡白鳥邑より起る。大江姓、寒河江氏の族なるが如し。自岩條を參照せよ。城取十郞武任あり。又續太平記に白鳥冠者義久とあるは、此の氏かと云ふ。又羽源記に據るに、義光の比は、白鳥城に、城取十郞といふ人居住し、土俗屋形と稱すと。その家の子には橋間勘十郞、曾根門彌とて勇士あり。又一門には、加藤權右衞門、東海林市郞兵衛、平澤源之亟、白岩帶刀とて、何れも近シロヤ石見に在り。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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