この名字はまだ図鑑に載っていません
全国16148位約339人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
坂路(さかじ)は、坂地氏に同じ。磐城国(福島県・宮城県)石川郡(白河郡)坂路庄から起こった。「坂地」の項を参照。この地は、建武二年六月二十一日の文書に石河庄内と載せられ、邑内に古館があり、永禄・天正の頃、坂路石見守が拠った。『石川系図』に「石川太郎光盛の子、同四郎先重が坂路氏を名乗った」とも言うのが見える。なお「谷澤(やざわ)」「石河」の項も参照。岩代(福島県)にも存する。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
坂路サカヂ坂地氏に同じ。磐城國石川郡(白河郡)坂路庄より起る。坂地條を見よ。この地は、建武二年六月二十一日文書に石河庄内と載せ、邑内に古館あり、永祿天正の頃坂路石見守據る。石川系圖に「石川太郞光盛の子同四郞先重·坂路氏を稱す」と云ふも見ゆ。なほ谷澤(ヤザハ)、石河條を見よ。岩代にも存す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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