この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11484位約594人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
善波(ぜんば)は、相模国大住郡善波邑から起こった当国の豪族であり、『吾妻鏡』建長6年3月12日の項に「善波太郎入道の子の島又次郎を小侍所衆に召し加える。別の命令によるもの」と載せ、下って大山寺の観応元年12月の文書に「善波太郎有胤、」応永元年12月の文書に「善波十郎左衛門尉胤久、」川○村民所蔵応永2年の文書に、善波憲有などが見える。代々善波の地を領したものであるようだ。
善波ゼンバ相摸國大住郡善波邑より起증當國の豪族にして、東蟹、建長六年三月十二日條に「善波太郎入道の子島又次郞を小侍所衆に召し加へらる。別の仰せに依るなり」と載せ、下リて大山寺觀應元年十二月文書に「善波太郞有胤、」·水德元年十二月文書に「善波十郞左衞門尉胤久、」川勾村民所蔵應永二年文書に、善波憲有等見ゆ。代々善波の地を領せしものの如し。善場セール前數條を見よ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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