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全国10824位約654人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
唐島(からしま)は、『相州兵亂記』に「小弓勢の先陣、椎津、村上、堀江、唐島以下云々」と見える。辛島(からしま)は韓島氏に同じ。参照よ。【1】辛島勝 ― 『東大寺要鋒第四』に「中間正六位上辛島勝與曾女を禰宜とした」と、天平8年のことで、宇佐八幡宮の禰宜職となったことを言う。これより前、欽明天皇の御世に、辛嶋勝乙目がいた。大神比義と共に宇佐八幡宮の祝となった。『宇佐緣起』には「和銅元年云々、辛島勝自」に作る。『託宣集』によって、乙目を是とすべし。
唐島カラシマ相州兵亂記に「小弓勢の先陣、椎津、村上、堀江、唐島以下云々」と辛島カラシマ韓島氏に同じ。參照せよ。1辛島勝東大寺要鋒第四に「中間正六位上辛島勝與曾女を禰宜となす」と天平八年の事にて、宇佐八幡宮の禰宜職となりしを云ふ。これより前、欽明天皇の御世、辛嶋勝乙目あり。大神比義と共に宇佐八幡宮の祝となる。宇佐緣起には「和銅元年云々、辛島勝自」に作る。託宣集によりて、乙目を是とすべし。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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