この名字はまだ図鑑に載っていません
全国20974位約215人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
吉町(よしまち)は、奥州(東北地方)津軽の豪族であり、浪岡家に仕えた。吉町弥右衛門に至り、白銀に住んで花和郡西根を押さえていたが、天正6年7月、大浦為当方からの計略により、本○竹鼻口・赤茶口・十川口の三方から浪岡へ押し寄せた(『一統志』)。浪岡の項を参照。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
吉町ヨシマチ奥州津輕の豪族にして、浪岡家に仕ふ。吉町彌右衞門に至り、白銀に住して、花和郡西根の押たりしが、天正六年七月、大浦爲當方より内隠の計略を施L、本〓竹鼻口、赤茶口、十川口の三方より漢岡へ押寄す(一統志)。浪岡條參照。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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