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全国11635位約582人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
千徳(せんとく)は1○和源氏南部氏族一戸氏の族であり『奥雨深秘抄』に「南部光行公の長男彦太郎行朝、始め大光寺遠江守の養子になり、後に浅石村に住んで、千徳院殿という。長牛、浅石、平館、堀切、近内、野田、谷内、中村、荒木田、金田一等、これから分かる」とある。
千德セントク1〓和源氏南部氏族一戶氏の族にして奥雨深秘抄に「南部光行公の長男彦太郞行朝、始め大光寺遠江守の養子に成り、後に淺石村に住居、千德院殿といふ。長牛、淺石、平館、堀切、近内、野田、谷内、中村、荒木田、金田一等、これよりわかる」と。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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